「ナツー、今日飯食い終わったら、バスケするけど、どうする?」


「あー、俺、今日パン買い損ねたから学食。多分時間かかるからいけんわ」


「そう」


 棗は一人、食堂へと向かった。


「・・・何食おっかな」


「あー。高瀬だ。絵衣理、高瀬だよ」


 振り返ると、絵衣理、綾女、陵、そして3年総代の伊賀誠司がいた。


「ナツ君食堂?珍しいね」


「パン買い損ねた」


「高瀬も一緒に食べる?一人みたいだけど」


「ああ・・・いいですか?」


「いいよぉ。ほら、誠司。絵衣理に奢るついでに高瀬にも奢りな」


「しょうがないなあ」


 棗が慌てる。


「いいっすよ。自分で買いますから」


「いーよ、遠慮すなよ。から揚げ定食でも買っちゃるか」


 結局、誠司が買ったから揚げ定食の食券を持たされた。


「ありがとうねー。伊賀君」


「いいええ。いつも絵衣理ちゃんにはお世話になってますから」


「お世話?」


「英語の試験のヤマ張ってあげてるの。中間でも大的中したらしくて、学食おごってくれるの」


「絵衣理はねー、総合点では私とか聖の方が上だけど、純粋に英語だけなら、トップなんだよね」


 綾女が言う。絵衣理がへへへ、と笑う。


 誠司達は弁当、絵衣理と棗のみが学食だ。


「絵衣理、こっちこっち」


 先に席をとってくれていた綾女の声導かれて、ごった返す学食の中の席につけた。


「ったく、ここ、生徒の人数と食堂のキャパ把握してないよね」


「まあ・・・なんか学食の食器とか、持ち込んで教室食べるやついますもんね」


「あー、もう。返してくれるならいいけどさあ・・・」


「最後に聖に頼んで生徒会役員連名で書こうかな。食堂をなんとかしてほしいって」


「え・・・でも予算とかありますし」


「うん、一回の連名では予算はつかないと思う。でも、ずっとその連名を続けていけば、力になるのでは、と思うわけで」


「最終的には全校生徒巻き込んでねー」


 伊賀が言う。


「そうやって、プールの授業つぶしたらしいよ」


「え・・・」


10年くらいかな?女子中心になって、生徒会巻き込んで、長期計画でやったんだって。それが緑葉にプールがない理由。さすがに中等部は義務だからあるけど」


「・・・へえ。生徒会ってすごいっすね」


「まあ、緑葉は特別、生徒会に力入れてるからね」


「ナツ君、ナツ君」


 絵衣理がにこにこして言う。


「2年の今頃ってことは家庭科、パジャマづくり?」


「あ。ああ。布地買いに行かないとなあ」


「私達はねー、3人でおそろい作ったんだよねー」


「白地に羊柄のやつね。ふわふわの」


「ん?」


 棗はどっかで見たことある。


「ああ、冬に絵衣理着てたね」


 棗がぽろりと言った。


「ナっナツ君っ」


「へえ」


「へえ」


 綾女と誠司がにやにやする。


「そういう事、言わなくていいからっ」


 絵衣理が赤い顔して言う。


「別にいいでしょ、こんくらい。似合ってたよ」


「そういう意味じゃなくてっ」


 きっと絵衣理が綾女を睨む。


「からかうんじゃないよ」


「私まだ何も言ってなあい。まだ」


「絶対、後でからかうつもりだっ」


「だって、絵衣理からかい甲斐があるんだもん。ねー、高瀬」


「素直ですからねえ」


「もうやだ、この二人っ」


 絵衣理一人、ぎゃあぎゃあ言いながら、昼食を食べた。


「じゃあねー、ナツ君、伊賀君」


 2年棟と
3年理系のクラスは同じ方向なので、食堂で絵衣理達と別れた。


「なんか、すみません、奢ってもらって」


「いーの、いーの」


 誠司は笑って言う。


「あ、高瀬」


「なんすか?」


「大丈夫とは思うけど・・・気を付けろよ」


「?何にですか?」


「絵衣理ちゃんと付き合ってること。絵衣理ちゃん、男子に人気だから、お前結構恨まれてる」


「はあ・・・でももうすぐ1年ですけど、何もないですし」


「・・・まあ、ちょっと気を付けとけ」


「はあ」


 

 

「高瀬」


 棗はじゃんけんに負けて、自習のプリントを職員室に持って行ったら知らない男性教師から話しかけられた。


「あれー高瀬じゃん」


 道里がその教師の机に寄りかかってコーヒーを飲んでいる。


「元気―?夏掛とラブラブ?」


「ふつうです」


 棗は冷静に答えた。


「なんだよー、恥ずかしがれよ」


「別に、恥ずかしがることないし」


「最近の子供って大人だよなー」


「お前がガキすぎたんだよ」


「森君、ひどいっ」


 あ、森っていうんだ、この先生、と棗は思った。


「いーよなあ、女子高生」


 道里がしみじみと言う。


「お前、よくうちのクラスの北条と遊んでるじゃん」


「あいつと話すの命がけなんだよ。空手4段だし。この前も裏拳くらった」


「何言ったんだよ」


「あー、『心配すんな、先生は貧乳でも大好きだぞ』って」


「先生、それアウトです」


 棗はあきれて言った。


「そかあ?でも北条と絡むと伊賀がこえーんだよ」


「あー、あいつら付き合ってんだっけ?幼馴染だっけか?」


「付き合ってないらしい。でもこえーんだよ。この前も北条にちょっかいかけてたら伊賀がきて目ぇ据わった笑顔で『両肩外されるのと試験管くわえて殴られるの選ばせてあげます』って言われた」


 棗の中では誠司はちゃらいけど、親切な先輩のイメージだった。


「お前、北条に何したんだよ」


「あーなにしたけなあ」


 反省の色が見られない。多分、そんなんだから女子を任せてもらえないのだろう、と棗は思った。


 その時、


「道里ぉっ」


 職員室の中をよくとおる声が響いた。道里がびくっとなる。


「あ、やべ」


 つかつかと片桐がやってきた。


「あんた、昼休み中に保体のワークのチェックしとけって私言ったわよねっ」


「あーはい」


「なんで、森とのんきに茶ぁ飲んでんのっ」


「これ飲み終わったら、行きます」


「今来いっすぐやれっ」


 片桐は道里の耳をつかむとずるずると引きずって行った。


「ばいばーい」


 森がのんきに言う。


「なんか・・・片桐先生、授業中と雰囲気違うんですけど」


「あー、授業中はね。道里と片桐先生って同じ柔道道場の先輩後輩なの。いつも職員室ではこんな感じ」


「はあ・・・先生、俺何のために呼ばれたんですか?」


「ああ、あのバカのせいで忘れるとこだった」


 はいよ、と1枚の紙を渡された。


「これ、何ですか?」


「夏掛の中間の成績表、俺昼休みじゅうに渡すって言って忘れてた。渡してて」


「は?!」


「付き合ってんだろう?どうせ会うんだろう?」


「いや、帰りは会いますけど」


「ついでに昼休みも会っとけ」


「呼び出しかけりゃいいじゃないですか」


 森がめんどくさそうな顔をする。


「いーじゃん。いちいち呼び出すのも可哀想だろう。会う理由できたじゃん。渡しとけ。では、先生は忙しいので」


 森は椅子から立ち上がった。


「右手に明らかにタバコあるんすけどっ」


「先生は忙しいのだ。それでは」


 森はさっさと行ってしまった。


(これでいいのか教師っ)


 棗は職員室にいても仕方ないので、外に出た。時計を見ると、残り
15分しかない。


「あー、行くか」


 棗はなるべく絵衣理の成績表を見ないように丸めながら歩いた。


 絵衣理のクラスに着く。目立たないように、後ろの扉を開いた。


 そしたら大音量で曲がかかってた。某アイドルグループの曲だ。よく見ると後ろのほうに女子がわらわらたむろしている。


 踊っている。みなできゃあきゃあ言いながら踊っていた。


(あ・・・)


 その中に絵衣理を発見した。絵衣理も楽しそうに踊っている。ふっと隣にいた綾女が気づいた。あ、と口の形が動いたが、棗はしぃっというジェスチャーをした。綾女は心得た、という顔をして、踊り続けた。


 絵衣理は何度も振付を間違えた。多分、踊ってる女子の中で一番多く。でも笑いながら踊っている。


(絵衣理、可愛いなあ)


 ほほが緩むのを我慢しながら、棗は見続けた。


 曲が終わった。


「案外、簡単だねー」


「ナツ、間違えすぎ」


「体硬かったよー」


「運動神経ないからねえ」


 ワイワイ言いながら、もう一回踊る?とか話をしている。


「絵衣理、絵衣理」


 綾女がにこにこと笑っている絵衣理に話しかけた。


「なに?」


「あっちむいてほい」


 綾女が棗がいる出口の方を指さす。つられて絵衣理も見て、固まった。


「あ・・・やほ」


 棗が間の抜けた挨拶をする。絵衣理がその場に崩れ落ちた。


「いやぁぁぁぁぁっ」


 絵衣理が頭を抱えて叫び出す。何事かとみなが絵衣理を見る。


「なんでぇっなんでぇっ」


「あ・・・えと・・・」


「ナツ君、いつからそこにいたの?」


「サビ・・・のあたりからかな」


「なんで黙ってるの?!声かけてよっ」


「いや、あまりにも楽しそうだったから」


「うそだっ私の無様な姿を見て笑ってたんだっ」


「・・・なんで運動のこととなると、そうネガティブになるの」


「ほら、絵衣理。せっかく来てくれたんだから」


 綾女が絵衣理を立たせて、棗のところまで引っ張ってきてくれた。


「じゃ、私らはまた踊るから。せいぜいお話しときなさい」


 ぽいっと廊下に出された。絵衣理はふーっふーと猫が逆毛を立てたような状態になってる。


「ばかっばかっ」


「あーごめんてば」


 棗が絵衣理の頭を撫でる。


「絵衣理、可愛かったよ?」


「いっぱい間違ったもん、体硬いいわれたもんっ」


「あ」


 棗は突然思いついたかのように言った。


「どしたの?」


「俺ってバカだ・・・」


「ナツ君、ばかじゃないよ」


「だって、さっきの動画に撮るの忘れてた・・・」


 絵衣理がばしばしと棗をたたく。


「あーこら、もう叩かない」


 棗が絵衣理の両手をひょいと持ち上げる。そして耳元でささやく。


「あんまりするとここでちゅーするよ」


 絵衣理が口をぱくぱくさせる。両手がふさがれているので、叩けない。


「もうっ何しにきたのっ」


「あー、森先生?絵衣理の担任?」


「うん」


「が、これ渡しとけって。成績表」


「えーなんでナツ君?」


「付き合ってるからいいだろうって」


「ダメな教師だなあ」


 絵衣理が棗から紙を受け取る。見もせずに折り曲げようとするので、棗は驚く。


「見ないの?」


「や、これ。表記が間違ってたから訂正してもらっただけ。もう結果知ってる」


「なんか変化あった?」


 にこぉっと絵衣理が笑った。


「総合順位が
1っこあがった」


 確か前が総合順位5位とか言ってた気がする。


「え・・・4位?」


「うん。褒めて、褒めて」


「うん・・・すげえ」


 棗は絵衣理の頭をなでてあげた。


「へへー、ナツ君に褒められた」


「絵衣理、成績表見ていい」


「いいよー」


 絵衣理の成績表を見る。


「・・・最低順位が8位ってどゆこと?」


「どゆこと、と言われても・・・。日本史は北条院君が絶対トップだし、理系は綾女が強いし」


「英語1位じゃん」


「うん。それは譲れない」


 改めて、すげえ人と付き合ってんだなあ、と再確認した。


「主席って会長?」


「うん、次席は綾女」


「こえーよ、このクラス」


「特進ってそんなもんだよ?大半が
20位以内に入ってるよ」


「絵衣理、嫌いな科目ってなに?」


「音楽」


「体育じゃなくて?」


「体育は苦手。すること自体は好き」


 なんとなく、言ってることは分かる。


「絵衣理、音痴なの?」


「多分・・・。歌、聞くのは好きだけど、歌うのは嫌い。てかね、小学生の時、
11人歌わされてね、当時好きだった子にお前、歌下手だなって言われたの。それ以来、歌うのだめ」


「あー、可哀想に」


 付き合って、1年くらいたつが、高校生によくある「カラオケ行こう」が絵衣理の口から出ないのは、それが理由か。


「しかも、はやりの曲とか知らないし。最近はナツ君の影響でジャズとかR&B聞くけど、それまでゲームのサントラかラジオばっか聞いてたから。歌える曲知らないの」


「・・・絵衣理ってさー」


「うん」


「その容姿だし、お菓子作り好きだし、あんまり気にならなかったけど、結構オタクだよね」


「え、今頃気づいた?基本、家から出ないし、家では漫画かパソだし、最初は人見知りするから人と話さないし、慣れてきたらぎゃあぎゃあしゃべるから、典型的な勉強できるだけの内弁慶なオタクだよ、私。しかも運動神経ないとか、結構終わってるよ」


「え・・・ああ、そうか」


「・・・納得されても悲しいけど。ナツ君いいよねー、接客してるから、物腰が柔らかいというか、話しやすいし、面倒見いいし、運動神経もいいし。鼻歌歌ってるけど、うまいもん」


 絵衣理がうらやましそうに言う。


「しかも私より料理うまいとか、どゆこと?!って感じ」


「絵衣理の料理、うまいよ」


「人並み程度ですぅ」


「なんか今日は卑屈だなあ」


 棗は苦笑いしながら言う。よしよしとまた頭をなでる。


「そんだけ勉強できりゃ、いいでしょ。順位も上がったことだし、ポジティブになりなさい」


「はあい」


「俺、戻るね」


「うん、これありがとう」


 絵衣理がにこにこしながらばいばい、とする。


 棗は歩き出すと、廊下のところに3年男子が数人たむろしていた。すれ違いざま、


「なんか調子にのってるよねー」


 と言われたが、無視した。