ザコペンギンのblog

あなたのすぐそばにザコペンギンはいます(鳥類ではありません) そんなザコペンギンの日常を描きます。よければ暇つぶしにでも。そして発見情報をお待ちしております。 あと、私は精神病患者です。小説と同じくらいまたはそれ以上に病状、薬のことなど忘備録の意味を込めて書いています。双極性Ⅱ型(いわゆる躁鬱病)ですので、鬱の時の日記はお目汚しです。「精神」と書いてあるブログは閲覧注意です。

カテゴリ: 精神的物語(私小説?)

ただいま、塾で板挟み中。

旦那は自分の意見言わんし、塾長は私に言ってくるし、私がクッション役。

バトってやめてもいいから、がちで話しろ、お前ら。

胃がいたい。

でもさ、塾長も高望みしすぎ。

自分ではやってなかったことを、旦那にさせようとしている。さも、自分がしてたかのように。

あんた、してないじゃん、と言いたい。

こういうとき、田舎のお嬢さんは嫌だ

 寺島ひかりのお通夜が終わったその夜から、花実は寝込んだ。

「なんでこうなることわかってて」

 出勤前の修一がベッドのサイドテーブルにポカリスエットとゼリーを置いた。

「怒った?」

「別に」

「呆れた?」

「いつものことですから」

 花実は横たわった状態で少し膨れる。

「まあ、あんなことあって、逃げるようにやめて、また古顔に会ったらきついわな。俺でも正直きつかったもん」

「はあ・・・まあ。病気が治ってないってことでしょう」

 花実はぽそぽそと言った。

「あんまり思いつめずに、焦らずに、だろうが。いつも東風先生に言われてるだろう」

 東風先生とは花実が通っている精神科の医師だ。修一はぽんぽんと花実の頭を撫でた。

「環境が変わったって、しばらくひきずることだってあるって言ってただろう。環境が変わりました、はいよくなりました、だったらそこら中に精神科はないわ」

「ん・・・」

 修一は花実の額にキスをする。

「じゃあ、行くな。食欲沸いたらなんか食べろよ。三日間くらい、ポカリとゼリーだけだろう」

「無理はしない。吐き気がするから、ちょっとまだ・・・」

「わかった。じゃあな」

「ん。行ってらっしゃい」

 修一は寝室を出て行く。しばらくして、玄関のかぎが閉まる音が聞こえた。

「あーあああっ」

 花実は叫んだ。

「ダメ嫁っ」

 瞬間、げほげほとせき込んだ。

「あー、もう。ちっきしょう」

 花実は自分の目に拳をあてる。ぽろぽろと涙が落ちてきた。

「こんっなすぐに弱くなるからだっ。ぽんこつっ」

 少し昔のことを思い出すと食欲不振、悪化すれば拒食、めまいなど。花実の生活はそれとの戦いだ。正直、専業主婦といってるが、炊事と洗濯くらいをかろうじてやってるくらいしかしてない。

 それ以外は、ほとんど寝てる、というか転がっている。こっちにきて、『役場の人間』という役割から逃れたので、顔見知りはいない。そのおかげで公園などを歩いていても噂になる心配はないので、たまに近くの公園を散歩している。

 しかし、それ以外はほとんど何もしてない。重い体で料理して、洗濯をしたら、もう体がもたない。夜も眠剤を使ってしっかり寝てるのに、眠くて仕方ないのだ。ひたする寝てる、という感じだ。それが1年近く続いている。

 何か変わらなきゃ、とは思っている。しかしその扉が見つからないのだ。何から手を付けていいか分からない。

 あんなに大好きだった本を読むこともできない。音楽は耳を滑り、騒音に聞こえる。テレビは画像が鮮明すぎてつらい。

 いわんや、昔と同じような職には絶対につきたくない。文化財の世界は狭い。県内ではもう花実の名は知られているはずだ。むろん、花実自身に戻るつもりはない。

 いつも現場をしながら昔のことを思い出すなんて、ぜったい嫌だし、何よりも自分が文化財、もっといえば考古学という仕事に向いているかわからなくなっていたのだ。

 花実は考古学が好き、だとは思う。しかし、仕事となるとそれだけではすまない。事務処理なども出てくるし、ただ現場の指示をしながら楽しく作業員の人達を仕事をしているだけではだめだった。

 その現実は分かっていた。臨時職員もしていたので、そういう仕事もあるのだと先輩の職員から言われてた。

 その覚悟は、できていた。

 しかしふたを開けてみれば、それだけでは話はすまなかった。

 N町初の女性文化財技師。しかも1次試験だけなら、事務系もぶっとばして1位。下馬評が大外れの花実の合格。

 本当は、誇らしかった。誰も予想だにしていない花実の合格に周囲は驚いたらしい。

 花実は期待していた。どんな世界が待っているのか。どんな現場ができるのか、どんな人達がいるのか、楽しみだった。

 しかし現実は花実をぶん殴った。

 仕事、主に考古学関係のことでは、分からないながらも勉強し、上司の話を聞きながら、必死でこなしていた。
 
 あまり慣れていない書類仕事も遅いが、こなしていた。

 それならふつうなのだが、N町文化財課のヒエラルキーが特殊すぎた。

 あと10年ほどで停年間近な二人の薬田と五十鈴、花実より5歳上の園田、そして花実の小さな部署だ。

 年長者が二人いるが、この二人の方針はまるきり違う。

 薬田は出世欲が強く、人脈作りに必死で、早く上へ早く上へ、としているのが見てわかった。

 五十鈴は職人肌で、出世など興味なく、あくなき探求を繰り返していた。

 園田は五十鈴を慕っており、表面上はどちらにもつかない、という風をみせていた。

 そのバランス関係に花実は気づくのに時間がかかった。

 そして3人の間をうまく立ち回れず、どんどんと心が病んでいった。

 3人とうまく意志の疎通ができず、いつ怒られるか、ミスをするか、誰に相談すればいいか、など色々と考えてだんだん孤立していった。

 小さな部署での孤立は花実はつらかった。皆が楽しそうに笑っているのに、笑えない。孤独な状況が続いた。

 孤立感が深まり、怒られ、落ち込んでミスが続き、更に怒られる、という負のスパイラルに入りこんだ。

 仲が良かった修一と付き合うようになったが、花実がどんどん落ち込んでいくさまを見て、見ていられなくなり、精神科に連れて行った。

 双極性Ⅱ型

 と診断された。いわゆる躁鬱病だが、躁になってもそれほど明るくなく、鬱の方がひどかった。そして躁鬱の厄介なところは、躁になってから、鬱になるところだった。

 通常、鬱病なら、感情の平坦部分を0とするとそこから落ち込む。
 
 しかし躁鬱病だと、躁になった状態を5とし、そこから鬱に落ち込むので、躁から鬱の感情の幅が鬱病より大木のだ。

 

 

「おしっ」

 花実は気合を入れ、車から降りた。夜風が冷たくて、気持ちがいい。大きく深呼吸をした。

「大丈夫か?」

「今んところ」

 花実と修一は歩き出した。会場に入ると、花実は一瞬立ち止る。

「えっと・・・」

 受付の案内には、「一般」「役場関係」「文化財関係」に分かれている。

「文化財関係か?」

「役場関係、かな?」

 そして受付の顔ぶれをみて、花実はひゅっと息を呑み、立ち止った。

「揃いも揃って・・・」

 受付は役場関係には役所の人間が、文化財関係には花実が昔いた課の人間が立っていた。それは花実が知っている顔ぶれだった。

「花実?」

 修一が花実の顔を覗き込む。

「受付」

 花実が小さな声で言う。

 修一が受付の顔ぶれを見て、ああ、と気づく。

「俺が行こうか?」

「いいよ、行こう」

 花実は心臓がばくばく言い出したのが分かる。落ち着け、落ち着けと心の中で繰り返す。

 役所関係の受付の前にそっと立った。

 受付をしていた男性が花実を見て、はっとする。

「あ・・・勝田さん」

「こんばんわ」

「え・・・ああ。中田もいるのか」

 後ろから花実を守るように立っていた修一にも気づいた。

「お久しぶりです」

 男性は一瞬戸惑ったような顔をしたが、花実がすっと香典を差し出すと、何も言わずに芳名帳とペンを差し出した。

 ペンを持って花実は気づいた。自分の手が震えていることに。

 誰にも、修一にも気づかれないように、右手に力を入れて、ゆっくりと書く。

「ああ、O市にいると言ってたな」

「はい」

「遠かっただろう」

「まあ、1時間くらいですかね」

 花実は何とか書き終えた。

「勝田?」

 花実はその声にびくりとなる。 恐る恐る顔を上げると、文化財関係の受付をしている園田が驚いた顔をしていた。園田は花実より3年早く文化財課に入った男性だ。

「・・・お久しぶりです」

 耳鳴りがしだした。

「中田もか」

「うっす」

 園田と修一はうまがあい、独身時代はよく夕飯を食べに行った。修一が花実と付き合い始め、その花実が病気が発症すると、なんとなく疎遠になったのだ。

「もう、読経終わったから、焼香を」

「はい」

 花実が歩き出そうとすると、くらりと眩暈がした。修一がすばやく支える。

「歩けるか?」

「ごめん、躓いただけ」

 一瞬だけ、修一の腕を力強く掴み、花実は自分で立った。

「行く」

 花実はしっかりと前を見据えて歩き始めた。その様子を見ていた修一はどこかほっとする。

 花実は基本弱い、と修一は思っている。特に病気になってからは。ただ、土壇場ではすさまじい精神と根性を見せる。役所時代より痩せて、華奢になった体で、しっかりと足を踏ん張って歩いている花実の横をそっと歩く。

 会場内にはまばらに人がいた。

 花実は誰も見ずに、しかし凛と顔をあげ、焼香台に向かう。お焼香をして、そっと手を合わせる。

(こーし、落ち込んでるだろうな)

「顔、見てくる」

 花実は修一を見ずにそう言った。そっと棺に近づいた。

 故人のひかりは、美人だった。それが死に化粧が施され、人形のようだった。

(災難だったね)

 花実はそう心で言うと、棺から離れた。すると、とん、と真後ろにいた人にぶつかった。

「あ、すいません」

 花実がそう言って顔をあげて、驚いた。

「はな・・・中田さん」

 いたのは轟だった。

「あ・・・来てたん、だ」

「まあ」

 轟とは、大学時代に付き合っていた男だ。別れるのが大変だわ、轟を振ったことが研究室全体に伝わると、総スカンを花実はくらったのだ。花実は修士で卒業したが、轟は博士課程まで行き、県庁の文化財課に就職した。

「じゃあ」

 花実は轟を避けるようによけて、歩こうとした。

「中田さん、N町やめたの、本当だったんだ」

 轟から声を掛けてきたので、花実は驚いた。何かと文化財関係の会議であうことはあったが、いつも無視をされていたのだ。話したのは5年ぶりくらいだ。

「うん。やめた」

 轟が何か聞きたそうな顔をした。

「多分、理由は噂になってるので、あってるよ」

 轟は心を読まれたのかと思うくらい驚いた顔をした。

「じゃあ」

 花実は猫のように轟の横をするりと抜けると、修一を探した。

 修一は男性と話をしていた。

「あ、田折さんだ」

 修一が話していたのは、役場の人間の田折だった。花実達より5歳ばかり上で、何かとよくしてくれた。特に、花実の病気が役場に広がっても、態度を変えずに接してくれた、数少ない人間だった。

 花実が近付こうとしたとき、

「勝田さん」

 その声に花実はびくりとなった。恐る恐る振り返ると、そこには五十鈴がいた。

「お久しぶりです。連絡ありがとうございます」

 花実は頭を下げた。

「来てくれたんだね。薬田呼ぼうか?」

「いえ、お忙しいでしょうから。お焼香だけで」

 五十鈴がじっと花実を見る。

「こっちに来るのは久しぶりか?」

「引っ越して以来、です」

「痩せたよね?全然体型違うから、誰かと思ったよ」

「あ、15キロ体重落ちたんで」

 五十鈴は驚く。

「え、ダイエット?」

「酒の量減らして、歩いたら減りました。暴飲暴食がなくなったんで」

 花実は言った後、しまった、と思った。暴飲暴食の原因はまさにこのN町役場だからだ。

「やせすぎじゃないか?」

「ちょっと・・・まあ」

「仕事、とかは?」

 花実はちょっと躊躇して、言う。

「あの、まだ完治してなくて、体調を崩しやすいので。まだ」

「そうか」

 会話は途切れた。このような場で、何を話せばいいか花実にはわからない。

「旦那が待ってますので」

「O市だろう?運転に気をつけて」

「はい」

 また、とはどちらも言わなかった。

 すっと花実はその場から離れると、修一の方に近づいた。途中、男とすれ違った。その男に花実は違和感を感じた。

(・・・少し、笑ってた?)

 花実は振り返る。男はお焼香をし、棺も見ずに会場の隅の方から出て行った。

「花実。どうかしたか?」

「ううん。なんでもない。帰ろ。それとも誰か話したい人いる?」

「田折さんと話せたからいいよ」

 二人は会場から出ようとした。そして、ばったりと会った。

「勝田、中田?」

 花実の顔がひきつった。

「課長・・・」

 文化財課課長、磐田だった。

「おひさし、ぶりです」

 花実の声が震えた。

「来たのか」

「ひかりさんは大学時代の後輩でもありますし」

「中田も、元気か?」

「はい、なんとかやってます」

 花実は頭がぐわんぐわんとなるのが分かった。磐田がこっちを気にしながら、修一と話をしていた。しかし花実にはその内容が入ってこない。
 パシュッパシュッと頭の中でフラッシュバックが浮かぶ。

『周りの人間に迷惑をかけているのが分からないのか』

『病休で休んでるのに、何故散歩するんだ。周りの人間に見られてるぞ』

『ただの甘えじゃないのか』

「じゃあ、元気でな」

 その声に花実は顔をあげ、ぺこりと頭を下げた。ぐっと胃から何かこみあげた。

 磐田が立ち去るのを確認すると、花実は震える声で言った。

「修一」

「どうした?」

「吐く」

「ちょっと耐えろ」

 修一は花実を抱えるように肩に手を添えた。手洗い所を見つける。

「一人で行けるか」

 花実はこくこくと頷くと、口を抑え、よろめきながら個室に入った。

 花実は吐いた。しかし出たのは胃液だった。

(昼から食べてなかったからか・・・)

 何度も吐いた。しかし最後のほうは胃液も出ず、えづくだけだった。

 5分ほどしてようやく落ち着くと、花実はふらりと立ち上がった。眩暈がしてドアに体を預ける。口の中が変な味がして、それも気持ち悪さを助長させた。


 何度も深呼吸を繰り返し、なんとか個室から出る。口をゆすいで、鏡を見る。

 紙のように顔が白く、涙目になっていた。

 涙をぬぐい、ふらつきながらトイレを出た。心配そうに修一が待っていた。

「吐けたか。もう大丈夫か?」

「胃液、のみ。もうはくもんもない」

「歩けるか?」

「ちょっと支えてほしい」

 修一は花実の肩を抱き、ゆっくりと歩き始めた。花実はこれ以上誰かと話すことに耐えられなくなり、俯いて歩いた。

「もう少しだから」

 修一が小さな声で言う。

 外に出るとひんやりとした風が吹いた。花実にはちょうどよかった。

 なんとか車にたどり着き、倒れ込むように助手席に座った。

「背もたれ、下げるぞ」

「ん」

 修一は後部座席からブランケットを取り出し、花実にかけた。

「さっき、コンビニでお茶買ってたよな?」

「ん、レキソタン飲む」

 エブリファイ液の方が即効性が早くきくのだが、1日に1回しか飲むことができない。次に効くのが、レキソタンだ。

 薬を口に含み、水を飲む。口と喉のあたりがすっきりする。

「帰るぞ」

 修一は急いで車を出した。 

「気分悪くなったらすぐ言えよ」

「わかってるって」

「まあ、お前の体調なんざわかるけど」

 喪服を着た花実は助手席に乗り込んだ。修一が早く帰ってきたといってももう夕方過ぎ。あたりは暗い。

「では、よろしくお願いします。峠、特に気を付けて」

「ああ」

 修一がエンジンをかける。

「下道で行くからな」

「うん。早くついたら、お経聞かなきゃいけないから、やだ」

「今からなら読経が終わるくらいにつくだろう」

 車内では、修一が好きなロックバンドの曲がかかってる。

「・・・音楽変えていい?」

「和楽器か」

「気合いれに」

「いいよ」

 花実が曲を変える。軽快な三味線の音が鳴りだす。

「辞めて1年くらい?」

 花実がぽつんと言った。

「一昨年の9月くらいに辞めたんだから、1年半くらいか?」

「引っ越しで大変だった記憶はあるけど、それ以外の記憶があまりないんだ」

「俺も」

 修一と花実は同時に9月30日づけで辞めた。

 一番の原因は花実の病状の悪化だった。しかし辛気臭く、田舎特有の地元意識の強さとその勘違いなどなどにうんざりしていた修一は花実の病気にも考慮し、仕事場には内緒で就職活動し、それが決まったのもやめた理由の一つだ。

「相変わらずなんだろうね」

「何も変わってないさ。無駄な地元意識の強さとその弊害」

「結局、うちらよそもんだったもんね」

「役場の人間の半分近くがN町で、外にでたことないとか、俺にしては気持ち悪いわ」

 他の自治体がどうなのかは花実達は知らないが、N町は特に地元出身の人間が強かった。そして、他の市町村出身の職員をバカにしていた節が明らかにあった。所詮よそもの、と。

 花実がN町を選んだ理由はそこに募集があったからだ。しかも、親のプレッシャーをかわすためのカモフラージュのために受けただけだった。本当は、院の修士課程を出た後、海外留学を狙っていたのだ。そのためにこつこつとお金を貯めて、教授にも話を付けてもらっていた。両親には内緒で。言い逃げして海外に出るつもりだった。

 しかし受かった。

 文化財技師の正職員の募集は少ないが、たまたま団塊世代が一気にやめる時だったので、募集は多くあった。その中の一つを適当に選んだだけだった。

 しかも受かった後で聞いた話だが、文化財技師も一般教養試験を受けるが、花実は事務職の受験者を押しのけ、トップの成績だったらしい。花実にしてみれば、その後の技術試験、土器の実測のほうがひやひやもんだったし、文化財技師ならそっちのほうが大切なので、どうでもいい話だったが。

「俺、外にでたことないことをあんなに自慢するバカがいっぱいいるの初めて見た」

 修一は一般企業経験者で、やめて公務員試験を受けた。しかし受けたのは公務員試験だけではなかった。他企業も受けたし、海外で就職活動もしていた。それと同時並行で公務員の受験勉強を自分一人でしていたのだ。

「今の会社でなんか言われない?」

「あー、もったいないとは言われるなあ。てきとーに誤魔化してる」

「私、考古学一色だし、修一みたいなスキルないからさ、一般企業受ける自信がないんだよ」

「お前、それいつも言ってるな」

「具合がいい時は勉強してるけどさ」

「社労士とかまた大変な道選ぶから」

「勉強しがいはあるよ」

 人に言うとかっこつけてると思われるから言わないが、花実も修一も勉強するということが好きなのだ。脳に知識が吸収されてる感じがして、なんかいいな、と思っている。

 あたりは暗くなってきた。対向車のライトがあがっていて、眩しい。

「ったく、このあたりはマナー悪いから」

「前の車あぶなくない?なんかふらふらしてるよ」

「わかってる。だから車間距離とってるだろ」

 段々、道は狭くなり、民家が少なくなった。うっそうとした木々の影が風に揺れている。

「神社は見えないよね」

 花実は窓の外を見る。このあたりに、ぽつんと神社があるのだ。古いが立派な建物で、いつも綺麗にしてある。鳥居から社殿までの道の両側には見事な杉が神社を守るように立っていた。
 
「大切にされてるよねー」

 周りは民家が少ないが、いつも綺麗にされていて、花実は好きなのだ。きっと地元の人が大切にしていることを思うと、なんだかうれしくなる。

「お前、そこもうとっくに通り過ぎてっぞ」

「え、うそ」

「あいかわらず、お前、道わかってないな」

「地図読めるもん。ナビなぞいらん」

「お前に道案内させたら、右って言いながら左指さすし。ナビのほうがよっぽど利口だよ」

 花実はむうっとする。

「おっまえ、今までよく生きていけたな。研究とかで遠いとこ行ってただろ」

「一人で行ったら、迷っても気にならないじゃん。問題は先輩との時だよ。セッティングは後輩の仕事だから、その時は本当、頭痛かった」

 それから会話は途切れ、花実は街灯がほとんどない闇を見つめていた。

「うわ、でた」

 修一が嫌な声を出して言う。

 対向車線にトラックの光が見える。

「あーこれ見るとN町来たな、て思うね」

 N町の山は道を広げる工事がずっと続いている。ただでさえ細い道に大型トラックが常に移動しているので、花実も修一もこの道が嫌いだ。

「気を付けてね」

「ゆっくり運転しているよ」

 花実はふう、と重い息を吐いた。

「まだもつか?」

「なんとか」

 何台も大型トラックが対向車線を走り、その上カーブが多いので、修一は運転に集中し、無言になる。

「だあっ」

「降りたっ」

 山のふもとのコンビニの光を見つけ、二人はほっとした。

「たばこすいたい」

「俺も」

 コンビニに車をとめ、コーヒーを買い、二人は外でたばこを吸い始めた。花実はKENTの5ミリ、修一はLARKの8ミリだ。

「前、谷崎さんが言ってたわ」

「何を」

「男の人がメンソール吸うと、インポになるんだって」

「女があっさりとインポとか言うな」

「あそこが使いもんにならない、とか?」

 修一が真面目な顔をして言う。

「ちゃんと使えてるだろ」

「んな、真顔で言われてもなあ」

 修一がぐいっとコーヒーを飲み切り、たばこを灰皿に捨てる。

「よっしゃ行くぞ」

「はい」

 二人は車に乗り込んだ。

 はあ、と花実が重いため息をつく。

「車のっとくか?俺が香典だしに行くか?」

「まだ、大丈夫」

 5分ほど車を走らせると、町の明かりが見えてきた。

「あ、玄武屋まだやってる」

「簡単にはつぶれんだろう。あそこうまいもん」

「帰り食べて帰る?」

「お前にそんな余裕あるか?」

「や、修一が食べたいと思って。私は酒飲む」

「・・・考えとく」

 車を右折させる。するとすぐに葬儀屋の看板が目に入った。

「うわ。交通整備員が立ってる」

「そんなに来るのか」

「多分、薬田さんの知り合いもいっぱい来るんじゃないかな。あの人、人脈作りに必死だったから」

「プラス役場の人間達か」

 修一は交通整理員に誘導されて、中の駐車場に止める。

 まばらに出て行く人達がいる。

「読経自体は終わったみたいだな」

「おしっ」

 花実は自分の頬を叩いた。



 修一が予言した通り、花実は次の日から具合が悪くなり、寝込んだ。

「お前ってほんと、馬鹿」

 修一が仕事に出かける前に言った。花実が倒れるのは日常だし、きついときは無理せず寝ていることを知っているので、ベッドの横のローテブルに薬、水、ゼリーを置いて仕事に行った。

 花実は薬を飲んで横になっていた。今飲んでいる複数の薬は副作用で眠気やだるさがあるので、ぼーっとしていた。昼過ぎにはだいぶましになった。

「あ、喪服」

 花実はそっと起き上がり、そっとベッドから降りた。じっとして、めまいが起きないか確認する。

「よし」

 花実はクローゼットの中から喪服を出す。

「じいちゃんの葬式以来だなあ」

 そこでふと気づく。

「お香典、と」

 寝室からリビングに移動し、棚の中から香典袋を出す。

「えっと・・・いくら包むのがいいんだっけ」

 花実はそこで携帯の存在に気づく。昨日からほったらかしてたのだ。

「うお」

 ライン件数が半端じゃない。

 見る気にならなくて、花実は携帯をテーブルに置いた。

 香典の準備をし、忘れないようにテーブルの上に置いた。くらっとめまいがした。

「もうだめか」

 花実は寝室へ行くと、ばたっとベッドに寝っ転がった。頭の中がぐるぐると回りだす。

『こんくらいなら小学生でもできる』

 その言葉が大きく響いた。

 何度もぐしゃぐしゃになった書類。

 チェックを受け、訂正したら、訂正したところをまた訂正するという意味のわからない無限ループ。

 躁鬱病ということが役場に広がり、離れて行く人達の顔。

 



 死んでしまった、おなかの中の子




 一か月しか生きてないけど、心拍が確認できなく、繋留流産した。

 

 そっと手首を見る。

 もう、リストカットの痕はない。昔は両腕、肘の内側は切るところがないくらい、カッターの痕があった。なくなるたびに、繰り返していた。

「これは、まずいパターンかな」

 花実ははいずってローテブルから薬を取り、無理に水で流し込んだ。

 息が荒くなる。息を止め、ベッドの中に潜り込んだ。

「落ち着け。落ち着け。何も怖くない」

 自分に言い聞かせるように言う。深呼吸を繰り返した。
 

↑このページのトップヘ