「はなっはなっ」
花実は体が揺さぶられるのを感じて、目を開けた。景色がぐるりと回り、顔をしかめる。
「きついか?」
修一の声だった。
「・・・今週から、忙しいんじゃなかったの?」
花実は目をつぶったまま言った。
「お前のライン見て、電話したのに携帯にも家の電話にも出なかったから。予感が的中した」
「予感?」
「どうせぶっ倒れてるんだろうって」
そこでようやく花実は目を開いた。背広のままの修一の真剣な顔があった。
どん、と頭痛が襲い、体は鉛のように重くなった。
「エブリファイ飲んだのか?」
花実の近くに転がっていた薬の袋を見て言った。
「ん。その後の記憶がない」
「頭打ってないか?」
「大丈夫。でも立てない。ここで転がっているから、毛布かなんか持ってきて」
修一はため息をつくと、花実の体を抱き上げた。
「腰、痛めるよ」
「前より20キロ軽くなったんだ。余裕だよ」
花実は前職のストレスからの暴飲暴食で15キロ太ったが、辞めた後からそれがぴたりとなくなり、運動もついでにした。するとみるみる体重が落ち、今では痩せすぎの体型になっている。
「ほら、首に手を回せ」
花実は修一の首に手を回した。顔を肩におしつけると、修一の匂いがした。ほっと安心する。
修一は寝室まで花実を運ぶと、ベッドに寝かせた。
「ありがとう」
花実は布団をかぶる。布団の暖かさが更に花実を落ち着かせた。
修一はベッドに腰かけ、花実の頭を撫でる。
「まだ、治ってないんだから、人死には精神にきたろ」
「・・・まあ」
「腹はへってないか?」
「・・・胃が痛い」
「胃薬飲むか?」
「持ってきてくれる?」
「着替えてから持ってくるから、待ってろ」
修一が部屋から出て行った。ほう、と息を吐く。頭痛がひどいが、先ほどよりましになった。
着替えた修一が薬と水を持ってくる。
「これでよかったな?」
「ムコスタ錠100mg」 胃潰瘍、胃炎の薬だ。
「ガスモチン錠5mg」 慢性胃炎に伴う胸やけ、悪心、嘔吐などの症状を改善する薬だ。
花実は小さい頃から何かあるとすぐに胃痛をおこしていた。それにストレスが加わり、前職を辞める1年くらい前に逆流性食道炎になった。吐き気を伴い、すぐに口に指を突っ込んで吐いていた。今はそこまではないが、何かあると胃痛が続くのは相変わらずなので、処方してもらっている。
花実を頭痛を堪えながら起き、薬を口に含み、吐きそうなのを堪えながら、水で流し込んだ。
「本当はなんか食ったほうがいいんだけどな」
「あとで備蓄してるゼリー飲む。あとごはん作れなくてごめん」
「なんか適当に食うよ」
花実はコップを修一に渡すと、また横になった。
「お前、通夜行くのか?」
「・・・まあ」
「俺もついてくから」
「え。いいよ。仕事のあとで往復2時間の運転はきついっしょ」
「お前、ぶったれない自信あんのか?」
「あー・・・」
花実は目を泳がした。
「本当に行くのか?知り合い来るだろう」
「まあ」
「どこでやんの?」
「修一も知ってるよ。N町の星雲社」
「は?」
修一の声がワントーン下がる。
「なんでN町なんだよ」
「地元がN町で薬田さんの末っ子だから」
「おいっ」
修一の声に花実はしまった、と思った。
「お前っ。文化財関係者だけじゃなくて、N町役場の人間も来るだろうがっ」
「あ・・・はい、多分来ます」
「N町の文化財課とか勢ぞろいで来るだろ」
「はい」
「しかも、お前、薬田さんの娘って・・・昨日は一言も言ってなかったし」
「や、関係ないかな、と思った」
「むっちゃ関係あるだろうがっ」
修一ははあ、とため息をつくと、ベッドに座った。
「お前、行くな」
「けじめとして行きます。過去になにがあったろうが、かかわりを持った人間が死んだんなら、行きます」
花実ははっきりと言った。
「やっぱついてく。俺も焼香する」
「え・・・車ん中いていいよ。修一だって会いたくない人いっぱいいるでしょ」
「いいんだよ。俺には同じくらい味方がいたからいいんだよ。お前は孤軍奮闘でこの様だろうが。それもストレス最大の原因のところに行くんだぞ」
「薬田さんとは話しないよ。焼香だけしたら、すぐ帰るって。五十鈴さんがいるし、大丈夫だよ」
「厳田もくんだろうが」
「まあ、課長だから」
「ストレス最大要因の2人と会うんだろうが。お前、軽く考えすぎ」
「行くの」
花実は静かに、しかししっかりと言った。花実の顔を見て、修一はため息を吐く。
「行く途中で具合悪くなったら、引き返すからな」
「はい」
「絶対薬を持ってけよ」
「今、処方してもらっている薬すべて持っていくつもりです。事前にエブリファイ飲みます」
修一はため息を吐いた。
「お前、今から通夜が終わるまで、ぜってー具合悪いまんまだ。下手すりゃ寝込むぞ」
「どうせひきこもりだからいいよ」
「お前ってなんで変なとこで頑固なんだよ」
修一がため息とともに言う。
「いまさらなにを」
花実は澄まして言う。
「通夜までと通夜が終わっても、絶対何か食べる。これ約束」
「はい」
修一はぽんと頭を撫でた。
「とりあえず、今日は横になっとけ」
「もう少ししたら、眠剤飲んで寝る」
「そうしとけ」
花実は目を閉じた。
花実は体が揺さぶられるのを感じて、目を開けた。景色がぐるりと回り、顔をしかめる。
「きついか?」
修一の声だった。
「・・・今週から、忙しいんじゃなかったの?」
花実は目をつぶったまま言った。
「お前のライン見て、電話したのに携帯にも家の電話にも出なかったから。予感が的中した」
「予感?」
「どうせぶっ倒れてるんだろうって」
そこでようやく花実は目を開いた。背広のままの修一の真剣な顔があった。
どん、と頭痛が襲い、体は鉛のように重くなった。
「エブリファイ飲んだのか?」
花実の近くに転がっていた薬の袋を見て言った。
「ん。その後の記憶がない」
「頭打ってないか?」
「大丈夫。でも立てない。ここで転がっているから、毛布かなんか持ってきて」
修一はため息をつくと、花実の体を抱き上げた。
「腰、痛めるよ」
「前より20キロ軽くなったんだ。余裕だよ」
花実は前職のストレスからの暴飲暴食で15キロ太ったが、辞めた後からそれがぴたりとなくなり、運動もついでにした。するとみるみる体重が落ち、今では痩せすぎの体型になっている。
「ほら、首に手を回せ」
花実は修一の首に手を回した。顔を肩におしつけると、修一の匂いがした。ほっと安心する。
修一は寝室まで花実を運ぶと、ベッドに寝かせた。
「ありがとう」
花実は布団をかぶる。布団の暖かさが更に花実を落ち着かせた。
修一はベッドに腰かけ、花実の頭を撫でる。
「まだ、治ってないんだから、人死には精神にきたろ」
「・・・まあ」
「腹はへってないか?」
「・・・胃が痛い」
「胃薬飲むか?」
「持ってきてくれる?」
「着替えてから持ってくるから、待ってろ」
修一が部屋から出て行った。ほう、と息を吐く。頭痛がひどいが、先ほどよりましになった。
着替えた修一が薬と水を持ってくる。
「これでよかったな?」
「ムコスタ錠100mg」 胃潰瘍、胃炎の薬だ。
「ガスモチン錠5mg」 慢性胃炎に伴う胸やけ、悪心、嘔吐などの症状を改善する薬だ。
花実は小さい頃から何かあるとすぐに胃痛をおこしていた。それにストレスが加わり、前職を辞める1年くらい前に逆流性食道炎になった。吐き気を伴い、すぐに口に指を突っ込んで吐いていた。今はそこまではないが、何かあると胃痛が続くのは相変わらずなので、処方してもらっている。
花実を頭痛を堪えながら起き、薬を口に含み、吐きそうなのを堪えながら、水で流し込んだ。
「本当はなんか食ったほうがいいんだけどな」
「あとで備蓄してるゼリー飲む。あとごはん作れなくてごめん」
「なんか適当に食うよ」
花実はコップを修一に渡すと、また横になった。
「お前、通夜行くのか?」
「・・・まあ」
「俺もついてくから」
「え。いいよ。仕事のあとで往復2時間の運転はきついっしょ」
「お前、ぶったれない自信あんのか?」
「あー・・・」
花実は目を泳がした。
「本当に行くのか?知り合い来るだろう」
「まあ」
「どこでやんの?」
「修一も知ってるよ。N町の星雲社」
「は?」
修一の声がワントーン下がる。
「なんでN町なんだよ」
「地元がN町で薬田さんの末っ子だから」
「おいっ」
修一の声に花実はしまった、と思った。
「お前っ。文化財関係者だけじゃなくて、N町役場の人間も来るだろうがっ」
「あ・・・はい、多分来ます」
「N町の文化財課とか勢ぞろいで来るだろ」
「はい」
「しかも、お前、薬田さんの娘って・・・昨日は一言も言ってなかったし」
「や、関係ないかな、と思った」
「むっちゃ関係あるだろうがっ」
修一ははあ、とため息をつくと、ベッドに座った。
「お前、行くな」
「けじめとして行きます。過去になにがあったろうが、かかわりを持った人間が死んだんなら、行きます」
花実ははっきりと言った。
「やっぱついてく。俺も焼香する」
「え・・・車ん中いていいよ。修一だって会いたくない人いっぱいいるでしょ」
「いいんだよ。俺には同じくらい味方がいたからいいんだよ。お前は孤軍奮闘でこの様だろうが。それもストレス最大の原因のところに行くんだぞ」
「薬田さんとは話しないよ。焼香だけしたら、すぐ帰るって。五十鈴さんがいるし、大丈夫だよ」
「厳田もくんだろうが」
「まあ、課長だから」
「ストレス最大要因の2人と会うんだろうが。お前、軽く考えすぎ」
「行くの」
花実は静かに、しかししっかりと言った。花実の顔を見て、修一はため息を吐く。
「行く途中で具合悪くなったら、引き返すからな」
「はい」
「絶対薬を持ってけよ」
「今、処方してもらっている薬すべて持っていくつもりです。事前にエブリファイ飲みます」
修一はため息を吐いた。
「お前、今から通夜が終わるまで、ぜってー具合悪いまんまだ。下手すりゃ寝込むぞ」
「どうせひきこもりだからいいよ」
「お前ってなんで変なとこで頑固なんだよ」
修一がため息とともに言う。
「いまさらなにを」
花実は澄まして言う。
「通夜までと通夜が終わっても、絶対何か食べる。これ約束」
「はい」
修一はぽんと頭を撫でた。
「とりあえず、今日は横になっとけ」
「もう少ししたら、眠剤飲んで寝る」
「そうしとけ」
花実は目を閉じた。