ザコペンギンのblog

あなたのすぐそばにザコペンギンはいます(鳥類ではありません) そんなザコペンギンの日常を描きます。よければ暇つぶしにでも。そして発見情報をお待ちしております。 あと、私は精神病患者です。小説と同じくらいまたはそれ以上に病状、薬のことなど忘備録の意味を込めて書いています。双極性Ⅱ型(いわゆる躁鬱病)ですので、鬱の時の日記はお目汚しです。「精神」と書いてあるブログは閲覧注意です。

カテゴリ: 緑葉学園

 真っ暗闇の部屋で、剃刀を持つ。

 長そでのシャツを腕まくった。

 すっと剃刀を腕にあてる。

 一本のみみずばれが出来た。

「あーあ」

 それだけ言った。


 綾女はふっと目が覚めた。ここは保健室。ちょっと生徒会が忙しくて、寝不足になった綾女が保健室で寝てたのだ。

「どうすればいいんですか?」

 そんな声が聞こえた。

「どう、と言われても・・・。行きたいかどうかは本人次第だからな」

「朝はちゃんと制服を着て居間に来るんです。でも実際に玄関に行くと気持ち悪いって」

「いじめ、とかではないんだろう?」

「いじめなんて。そこまでクラスの人と馴染んでないです」

 綾女は出て行くべきか悩んだ。

「保健室登校でもまずはいいから。とりあえず学校に来ることが先かな」

「そうですよね・・・」

 しばらく沈黙が続いた。

「授業、始まるので、戻ります」

「ああ」

 扉が閉まる音が聞こえた。

「先生、復活しました」

 綾女がカーテンを開けて言った。

「お前、強そうで案外弱いな」

「ようやく入学式、新入生歓迎会が終わったと思ったら、体育祭の準備で。それが終われば生徒会選だから。たてこんでて。寝不足には弱いんですよ」

「食欲は?」

「あります」

 養護教員はカードを書く。

「今の子って、不登校?」

「詳しくは言えんが、姉さんがな。最初は来てたんだが、5月に入ってぱったりと」

「ふうん」

 綾女はカードをもらって、保健室を出た。


「あみちゃん」

 亜美の双子の妹、奈美が亜美の部屋に入る。亜美はぼんやりとベッドに寝転がっていた。

「どうするの?もう一か月休んでるよ?」

 返事はない。

「考ちゃんも心配してるよ」

 返事はない。奈美はため息をついて、部屋から出た。

「どうだ?」

 亜美の部屋の外にいた孝太郎が奈美に聞いた。

「返事しない」

「生きてんのか?」

「みじろぎはしてた」

「そうか・・・」

「どうすればいいのかな」

「これは・・・本人の問題だからな」

「考ちゃん、冷たい」

「そうは言っても」

「あみちゃん、ほとんどごはんたべてないんだよ。どんどん痩せていってる・・・」

 奈美は泣きそうな顔で言った。

「悔しいよ。せっかくの双子なのに・・・全然わかんない」

 孝太郎は奈美の頭をぽんぽんと撫でた。



「生徒会選、出るんでしょ?応援演説どうすんの?」

「お前でいいだろう?」

「まあ、誰がやっても当選確実だしね」

 綾女と聖はそんな話をしながら、生徒会室に向かった。綾女は書記、聖は会計をしている。体育祭が終われば生徒会長を選ぶ生徒会選が行われる。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、しかも合気道の師範を持ち、ファンクラブは3つある。誰もが次期生徒会長は聖だと思っているので、次の選挙は確認のための選挙みたいなものだ。あとの生徒会メンバーは指名制で、聖は綾女を副生徒会長に指名しようと考えている。

「こんにちわー」

 綾女と聖が生徒会室に入る。

「そんなこと言われましてもねえ」

 現生徒会長、木野真のおっとりとした声が聞こえる。珍しく、生徒会顧問の道里がいた。

「そんなの本人次第でしょ?介入するのはどうかと思いますよ」

「俺もそう思うんだがなあ。教科主任から言われたんだ」

「下っ端は立場が弱いですね」

「痛いとこつくなよ」

「道里、なんでいるの?珍しい」

 綾女が声を掛ける。

「よう、貧乳は元気か?」

 綾女は静かに裏拳を決めた。

「お前・・・俺、仮にも教師だぞ」

「教師らしい態度を示せたら、尊敬します」

 聖は相手にせず、自分の席に座る。

「何話してたんですか?」

「ん?不登校児をなんとかしてほしいって話」

 なんか聞いたことあるなあ、と思いながら綾女も自分の席についた。

「そんなことまで生徒会に頼みます?」

「教師じゃどうしようもできないんだ。一応担任は家庭訪問してるが、本人は出てこないし」

「本人の問題でしょ?」

 真が言う。

「切り捨ててしまえば、そうなんだけどなあ。家族にすがられちゃあなあ」

「家族?」

「妹もこの学校なんだよ」

「へえ」

 真はちょっと考えた。

「綾女」

「はい」

「この件、任せた」

「はいぃ?」

 綾女は驚く。

「そんな、責任重大な」

「あんた、世話好きじゃん」

「そんなことないですよ」

「何かと世話焼いてるじゃん。今回もその本領発揮しなさいな」

「お、北条なんとかしてくれるの?」

「・・・期待しないでくださいよ」

 綾女はしぶしぶ引き受けた」


「・・・穂坂亜美」

 綾女は道里と情報屋から提供してもらった情報を見る。

「穂坂奈美と双子。ああ、姉ってそういうことが。成績は上位クラス。志望校は・・・西友館だったのか。落ちちゃったんだ」

 西友館は公立の超進学校で、大体西友館を受験する生徒は滑り止めで緑葉学園を受ける。

「それ以外、情報なし。高校からの入り組だから、情報少ないなあ」

 綾女は1年の教室棟に向かった。

「えっと、1年H組か」

 綾女は扉を開ける。近くにいた生徒に声を掛けた。

「穂坂奈美さんってどの子?」


 亜美は腕の裾をまくりあげた。剃刀ですっとなぞる。じんわりと血が出てきた。それをぼんやりと眺める。

「あみちゃん、入るよ」

 奈美の声が聞こえたので、亜美はすっと剃刀を枕の下に隠した。

「今日は、お客さん、連れてきた」

「お客さん?」

「こんにちわ」

 綾女はにっこりと笑う。亜美はぽかんとした。

「2年の北条綾女と言います。初めまして」

「初めまして・・・」

「えっと、入学式とか、新入生歓迎会でステージ立ったことあるんだけど、覚えてるかな?」

 亜美はぼんやりと思い出す。

「・・・司会、してた?」

「うん、そう」

 亜美がはっとする。ということは、生徒会だ。

「すみませんっこんな格好で」

 亜美は長そでシャツにジーンズをだらしなく着ていた。

「ああ、気にしなくていいよ。奈美ちゃん、外出ててくれるかな?」

 奈美が心配そうな顔をする。

「大丈夫だよ。変なこといわないから」

 奈美は不安そうな顔をしながら、亜美の部屋から出て行った。

「さて、と」

 綾女は部屋を一回り見回して、言った。

「本、好きなの?」

「適当に読んでます」

「最近何読んだ?」

「・・・覚えてません」

「ぼんやりするんでしょ?眠たくて仕方ないとか」

 亜美は顔を上げる。

「妹から聞いたんですか?」

「いいや。奈美ちゃんからは学校行ってないくらいしか聞いてないよ。先入観持ちたくなかったから、特に聞いてない」

 「はい、ちょっとごめんね」

 綾女が亜美の手を引っ張り、袖をめくりあげた。

「ああ、やっぱり」

 そこにはいくつもの剃刀できったことによるみみずばれが出来ていた。

 ぱっと亜美は隠す。

「・・・妹には言わないでください」

「言わないよ」

 綾女は亜美を撫でた。

「本当は行きたいんだよね」

 綾女は優しく言った。

「でも気分悪くなるんだよね。そんな自分責めるから、こういうことしちゃうんだよね」

 亜美は茫然とした。こうもすぱすぱと心を言い当てられたのは初めてだ。

「家族が心配してるのも、友達が心配してるのも、分かってるんだよね。でもいけないから、自分を責めてる」

「・・・なんで、わかるんですか?」

「んー?私も経験者だから」

 亜美は驚いた。快活そうで、元気に見えるのに。生徒会の一員なのに。

「亜美ちゃん、って呼んでいいかな?ちょっと事情は違うけど、小学生の時、不登校になった。私の場合はカッターだったけど。死ぬつもりはないんだけど、手首切ってた。それこそ、手首から関節まで、びっしりとね」

 亜美はまた、茫然とした。

「死ぬつもりはないけど、ちょっと安心するんだよね。こんな自分、死んじゃったほうがいいんじゃないかって。でも自殺までは踏み込めないからさ、切ることでちょっと心が軽くなったね」

 亜美は自分の腕をまくって、傷をじっと見る。肘までほぼびっしりとみみずばれを起こしているその腕。

「痛かったね」

 綾女がその腕をさする。

「腕じゃなくて、心が」

 亜美の視界がじんわりとにじむ。

「・・・本当は、わかってるんです」

「うん」

「心配されてるのも、行かなきゃいけないのも」

「うん」

「でも、具合が悪くなるんです。ふらふらになって、制服までは着れるんです。でも、どうしても玄関から外に出られないんですっ」

「うん。わかる」

 綾女は亜美の頭を抱きしめた。

「つらいよね。特に妹さん?あと幼馴染の甲斐が心配してるのがわかるんでしょ?」

 亜美がしゃっくりをあげる。

「あの二人が一番心配してくれてるんです。毎日部屋に来てくれて。でも、どうしても体が動かないんですっ」

「うん」

 綾女は優しく頭を撫でた。

「制服まで着れるなら、偉いじゃん」

 綾女は言った。

「私なんか、服も着れなかったよ。1日布団の中で、ぼんやりして、手首切ってた」

「私、何もできない」

「少なくとも、緑葉に受かって、いい成績残してるじゃん」

「西友館落ちたし」

「まあ、そうだね」

「実力なかったんです」

「まあ、時の運もあるしね。でももう緑葉来ちゃったからねえ」

 綾女は亜美の頭を撫でる。亜美は綾女にすがりついた。ぼろぼろと涙を零す。

「自分でも不甲斐なくて、何してるんだろうって。そんなことばっか考えてると、体が動かなくなって。具合が悪くなるんです」
 
「うん」
 
 綾女は亜美をぎゅっとした。

「亜美ちゃん、このままでいけないのは分かってるね?」

「はい・・・」

「別に高校に来い、とは言わないからさ。別のことしてもいいと思うし。でも、もう自分の体傷つけるのはやめよ?それが何より心配です」

 綾女は亜美の腕を洋服の上からさすった。

「このことは誰にも言わない。傷が消えるのは・・・1ヶ月くらいかかるから、それまでは長そでで過ごしな」

「・・・はい」

「じゃあ、長居すると、亜美ちゃんも疲れるだろうから、帰るね」

 亜美がちょっとすがるような目をする。

「亜美ちゃん、もし学校来たら、生徒会室寄ってみてよ。個性的な仲間がお待ちしてます」

 綾女はおどけて言うと、もう一度、亜美をぎゅっと抱きしめ、ベッドから離れた。

「じゃあね」

 綾女は亜美の部屋の扉を閉めた。

「先輩っ」

 外で待機していた奈美と孝太郎が不安そうな顔で見る。

「どうなりましたか?」

「いや、特には何も」

「そんなぁ」

 綾女が奈美をぽんぽんと撫でる。

「そこまで心配しなさんな。大丈夫よ、あの子は」

 


 それから1週間くらいして、生徒会室をノックする音が聞こえた。

「はい」
 
 近くにいた聖が扉を開ける。

「あ・・・あの、綾女先輩いますか?」

 亜美は聖の美形っぷりに驚きながら、声を掛けた。

「亜美ちゃんっ」

 綾女は嬉しそうに駆け寄る。

「具合は?倒れそうじゃない?」

 綾女は心配そうに言う。

 亜美は不器用に笑った。

「まずは、保健室登校から、初めてみます」

「うん、具合悪くなったら、すぐに寝れるもんね」

「綾女先輩、ありがとうございます」

 亜美はぺこりと頭を下げた。

「私、何もしてないよ」

「あんな風に言われたの、初めてだったから。あれから考えました。自分がいかにバカなことしてた、とか反省しました」

「そうか、そうか」

 綾女はぽんぽんと頭を撫でる。

「ところでさ、亜美ちゃん、生徒会とか興味ない?」

「は?」

 亜美がきょとんとする。

「次期生徒会で書記と会計誰がするか候補が上がらないんだよねー。亜美ちゃん、書記やってみる気ない?」

「ええっ私にそんな大役っ」

「大丈夫、大したことない無い」

 1年で書記をしていたら、結構な確率で2年で副生徒会長になる、ということを綾女は隠した。


 

 次の日、棗は絵衣理を待って、昇降口にいた。

 
 気配がしたので、ふっと顔をあげると、4人の男子生徒がいた。明らかに、棗を囲んでいる。


「・・・何ですか?」


 ネクタイの色から、3年だと分かった。一人の男子生徒ががっと肩を組む。


「高瀬棗だよな?」


「そうですけど」


「ちょっとお話しようや」


 そう言って、棗は連れていかれた。


 

 


(あーあ、勇先輩が言った端からこれか)


 周りからは見えにくい茂みの蔭で、棗対4人の男子生徒、という構図で立っていた。


「なんか用ですか?」


 棗は不遜に聞く。まあ、なんとなく理由は分かるが。


「いやあ、最近、お前、調子のってねえ?って話になってね」


 肩を組んできた男子生徒が話す。


「絵衣理のことですか?」


「あたり」


 いきなり胸倉をつかまれた。しかし棗の方が背が高かったので、男子生徒は見上げる形になる。しかしぎりぎりとしめあげられた。


「一応、夏掛さんは俺らのアイドルなわけ。独り占めすんのはどうかと思いましてね」


「知りませんよ、そんなこと」


 棗は冷ややかに言った。


 どん、と突き飛ばされた。棗はよろめく。


「今までは橋本先輩がしめてたから、手出しできなかったけど、その先輩もめでたく卒業したわけで」


(・・・ああ)


 絵衣理と付き合いだして、なんで何もこなかったか、棗は理解した。絵衣理の蔭に、勇の姿が見え隠れしてたわけか。


(なっさけねえ)


 棗は自嘲気味に笑った。


「なに笑ってんだよ」


「別に」


 はあ、と棗はため息をつく。喧嘩は、多少したことある。しかし4人はきついなあ、とか客商売だから、顔に傷つくのやだなあ、とか考えた。


「告白どころか、話すこともできなかったチキンに絡まれてうざいって思っただけですよ」


 4人がどよめく。


「てめえっ」


「事実じゃん」


 一人が殴りかかろうとした時


「なにしてんですかっ」


 はっと皆が止まる。ばっと影が飛び出し、棗と男子の間に割って入った。


「絵衣理・・・」


 棗は驚く。絵衣理は棗に背を向けて、両手いっぱい広げて、男子達を睨みつけていた。


「大人数で何してるんですかっ。ナツ君になにするのっ」


 4人に動揺が走る。


「はい、そこまでー」


 呑気な声が聞こえた。がさ、と誠司と北条院聖が現れる。


「なっ」


「気に食わない気持ちはわかるけどさあ、年上が大人数で囲むのはどうかと思うよ?」


 誠司があくまで軽薄に言う。聖は何も言わずに
4人をじっと見てた。しかしそれだけで威圧感がある。


「高瀬」


 聖が口を開いた。


「裁判、するか?権利は発生した」


「しません。面倒くさい」


 棗はきっぱり言った。


「そうか。君がそういうなら」


 すっと聖は目を細める。


「3年
G組小金勝」


 名前を呼ばれた生徒がびくっとなる。


「同じく3年
G組畑中浩二。3年B組金城卓也。3年B組吉川徹」


 聖はすらすらと言った。


「名前は裁判予備録に載せておく。・・・次、同じことが起こったら、高瀬がなんといおうと、裁判だ」


「ほら、散った散った。今のうちだぜ、まだ引き返せるの」


 名前を呼ばれた男子生徒達は動揺しながら、茂みから離れて行った。


「っつか、お前、全生徒の名前覚えてんの?」


「すべてではないがな。夏掛さん、もう大丈夫だよ」


 聖の声に、絵衣理はへなへなへな、とその場に座り込む。


「終わったー?」


 綾女がひょこっと顔を出す。


「名前あげてったら、あっさり」


「なあんだ、へたれ」


 棗はなんで生徒会の面々がいるのか、わからなかった。


「なんで・・・」


「絵衣理から連絡があったの。なんか連れ去られたって。待っとけって言ったのに、絵衣理場所だけ伝えて、先に突っ走っちゃうんだもん」


「んで、女の子が出ると角が立ちそうだったから、俺らが出てきたわけ」


「あ・・・ありがとうございます」


 棗は絵衣理を気にする。


「絵衣理?」


「・・・怖かったよう」


 絵衣理が涙声で言う。棗は手を差し出す。ぎゅっと絵衣理は手を握った。震えている。


「ナツ君、怪我ない?」


「突き飛ばされただけだから、平気」


 絵衣理がほっとした顔をする。


「解決、かな」


「大事に至らなくてよかった。裁判めんどくせーもん」


 誠司が正直に言う。


「でも、なんで?」


 絵衣理が震える声で言う。


「なんでナツ君絡まれるの?」


 その場に、微妙な空気が流れた。


「・・・えっと、高瀬君、言ったことないの?絵衣理に」


「言う必要がないかと思いまして」


「まあ・・・ないわな」


 綾女が妙に納得する。


「え?私だけわかってないの?」


「いんや、俺が生意気そうに見えたから、絡まれただけ」


「そんな理由で?!」


 絵衣理が憤慨する。


 綾女がため息をつく。


「高瀬、甘いよ」


「いいんです。うちはこれで」


「え?へ?」


 絵衣理はわかっておらず、きょとんとする。


「さ、もう帰りな。じべたに座って、絵衣理も冷たいでしょう」


「・・・それが」


 絵衣理がバツの悪そうな顔をする。


「どうした?」


「腰ぬけた。立てない」


 生徒会面々がぶっと吹き出す。棗が優しく頭を撫でる。


「立てるようになるまで、保健室いく?」


「かっこ悪いよ。ここでじっとしとく」


「じゃあ、お邪魔もの達は退散しますか」


 誠司が言う。


「高瀬、責任もって送ってね」


「はい」


 そして、3人は茂みから消えた。


 棗が絵衣理を抱きしめる。


「・・・まだ震えてる。怖い思いさせてごめんね」


「だって、ナツ君の一大事だもん」


「俺、一応男の子だから。大丈夫だよ」


「ケガしちゃだめでしょ。お店出るのに。何より私がいや」


 棗はこつ、と絵衣理の肩に頭を載せた。


「・・・守ってるつもりが、守られて」


「ん?」


 絵衣理は華奢で、儚いイメージがあった。しかし、芯は強いことを、思い出す。


「絵衣理、強いね」


「強くないよ。綾女に頼ったし。自分だけじゃどうしようもないから」


「機転がきいたんだよ。どうすればいいか分かってる」


「私、弱いから。どうすればナツ君守れるか、一生懸命考えた」


「絵衣理は強いよ。飛び出してきてくれたじゃん」


「あれは咄嗟に・・・」


「嬉しかったけど、ちょっと情けなかったかな」


「情けなくないよ。4人に立ち向かおうとした、ナツ君の方こそ、強いよ」


 震えは止まったようだ。そっと棗は絵衣理を離し、絵衣理を見た。頬を撫でる。絵衣理は気持ちよさそうにしている。


「ありがとう。助けてくれて」


 ちゅっとキスをする。絵衣理が珍しく抱き付いてきた。


「よかった。ナツ君に何もなくて」


 一人で立って、女の子を守っているつもりだった。しかし、実は周りに助けられていることに、いまさら気づいた。何よりも、守っているつもりだった女の子に守られていた。


「・・・そういえば、いつも助けられてるな」


「そう?私何もしてないよ?」


「絵衣理はそれでいいんだよ」 


 棗は優しく絵衣理に笑いかけた。


 

 

 ようやく、絵衣理が立ち上がることが出来て、棗と絵衣理は手を繋いで帰った。


「絵衣理はさ、ひそひそされるの、いや?」


「別にどうでもいい」


「そっか・・・」


 多分、一生理由に気づかないんだろうなあ、と思いながら、棗は絵衣理と帰った。

 

 

「ナツ、遅かったじゃん」


 棗が教室に戻ると、声をかけられた。


「ああ、ちょっとあって、絵衣理のとこ行ってた」


「なんで、会うじゃん、帰り」


「ちょっとね」


「いーなー、あんな巨乳で美脚で可愛い先輩。しかも頭いいし」


「新たな一面見れたぞ」


「なに?」


「音痴で漫画とゲームオタク」


「そうなの?ってか今更?」


「付き合ってた当初からそれだったから気づかなかった。さっき話して判明した」


「いいじゃん、それでも料理もうまいんだろう?」


「まあね」


「夏掛先輩おとなしそうだし、なんか、お前にだけ寄ってくる感じ?あんまり男に気許してないとことか、いいんだよなあ」


 慣れてきたら、バシバシ叩くけどな、と思ったが、言わなかった。


「お前、気つけろよ。2年でもだけど、
3年でもまだ夏掛先輩人気あるだろう」


「あー、まあ」


 さっきすれ違いざま言われたことを思い出す。


「まあ、何もしてこんだろう。今頃」


 棗は呑気に構えていた。


 

 

「もうすぐ、体育祭だねー。HRで種目決めしたよ」


 帰り道、絵衣理と棗は手をつなぎながら、帰っていた。


「え、絵衣理何に出るの?」


「パン食い競争。配点少ないし、これなら時の運だらかあきらめつく、って全会一致で決まりました。よかったー、リレーの選手とかにならないで」


 それは皆が避けるだろう、と思ったが、何も言わなかった。


「ナツ君、何出るの?」


「ムカデとリレー」


「ムカデって、足首痛くならない?」


「あーすれるねえ」


「私、足引っ張るから、あれだけは避けた。あ、あとね、綾女が副応援団長するんだ」


「あの人生徒会でしょ、忙しくないの?」


「んー、なんか、断り切れなかったんだって。北条院君も陵ちゃんも他の生徒会の人もフォローするって約束取り付けて、なったの」


「へえ」


「綾女、空手やってるから、演舞とかすごい楽しみなんだ。なんか、応援団長は剣持って、対戦形式の舞見せるらしいよ」


「派手だなあ」


「あ、そういえばナツ君、中学の時、応援団してたね」


「ああ・・・。じゃんけんに負けた」


「一緒じゃん、理由。私と」


「俺が積極的にそんなことすると思う?」


「思わない。ナツ君、無駄な労力使いませんって雰囲気出てるもん」


「つらかったー」


「宅間って祭りとか盛り上がってたもんね。練習力入ってたでしょ?」


「基礎作りとか言って、筋トレから始めさせられた。俺、あの時期だけ腹筋割れてた」


「うそ、見て見たかった。今度お母様に写真出してもらおう」


「やめて。恥ずかしい」


「ナツ先輩?」


 男の声がして、振り返った。見ると学ランの男の子が自転車に乗ってこっちを見てた。


「あー神崎」


「お久しぶりっす」


「お前、西友館だったんか」


「はい、そうです」


「頭いーなー」


 ぎゅっと絵衣理が強く手を握った。ちょっと見ると、固まっている。神崎は絵衣理をちらちら見ていた。


「ああ、この人、彼女」


「ああ、わかります。手つないでるし。こんにちは」


「こんにちは」


 絵衣理は蚊の鳴くような声でぽそっとあいさつをした。


「今度遊びにいきましょーよ。みんなで」


「あー、時間あったらなあ」


「俺、幹事しますし。連絡します」


「よろしく」


「じゃあ」


 神崎は絵衣理の方にも会釈して、去っていた。絵衣理がぷうっと息を吐く。


「緊張した?」


「うん・・・初対面の男の子はちょっと」


「俺の時はそんなんじゃなかったじゃん」


「出会いが出会いだったから。まさか椅子ひっくり返した子がまた来るとは思わなんだ」


「・・・あれさあ」


 もういいや、と思って話をする。


「俺、実は強化合宿で縦割りだから同じグループって知ってたんだ」


「あ、そうなの?」


「実は、話しかけようと何回もトライしました」


「えっ」


 絵衣理は驚く。


「でも、なんか、すんげー恥ずかしくて。食堂で隣同士になったこともあるんだよ」


「え・・・」


 絵衣理は茫然とする。


「もう、隣いくだけで心臓ばくばくで、友達とかが話しかけろよっとか言ってるのに、無理、って状態で。最後のバスも、あれ、友達が絵衣理達の前の席取ってくれたの。いい加減、最後だぞって言われても、無理無理、な状態で、業を煮やした友人が、俺の座席のレバー引いて思いっきり倒したの」


「え・・・そうだったんだ」


「もう恥ずかしいやら、なんやらでパニック。でも、絵衣理笑ってくれたし、いいかなって思って。それで・・・」


「それで?」


「あー・・・」


 棗の目が泳ぐ。


「ごめん、お土産間違えたの、わざと」


「はあ?!」


 1年近くたって、知った衝撃の事実。


「このまま、終わらせたくないって思って。とっさに取った。一晩悩んだけど、もうここまできたら腹くくるしかないって思って、次の日マンションに行った」


「へえ・・・」


「あとは知ってるでしょ」


「無理やり、キスした」


「はい、ごめんなさい」


「悩んだんだからねー。なんなんだろうって」


「いや・・・最初の一回で気づかない絵衣理も相当だよ」


「わかんないよー。恋愛スキルないんだし」


 ぷう、と絵衣理は膨れる。棗はそんな絵衣理をよしよしと撫でる。


「絵衣理って、男子と話すの苦手?」


「幼馴染はいるから、・・・最初だけ。でも、今のクラスの男子って私のこと見てひそひそするから、あんまり話さない」


「え。そうなの?」


「高校入学してからかな。なんか、男子が私の方見てひそひそするの。なに?って聞ける勇気もないから、放っといてるけど、だから今はあんまり男子と話さない」


「・・・ふうん」


 棗は体育の時間の様子を思い浮かべる。夏掛、夏掛、と騒いでる割には声を掛けてないのか、と思った。


 絵衣理の家のマンションについた。


「じゃあ、お仕事頑張ってね」


「ん」


 誰も見てないのをいいことに、棗は絵衣理にキスをする。


「もうっはしたないっ」


「はいはい、じゃあね」


 絵衣理をぽんぽんと叩いて、棗はマンションから歩いた。


「高瀬?」


 声に振り返ると、勇がいた。


「あ・・・お久しぶりです」


「絵衣理?送ってたん?」


「あ、はい」


「相変わらず、うまくいってんだな」


「はい」


 勇が棗の顔をじっと見る。


「お前、大丈夫か?」


「何がですか?」


「周りから、攻撃とかされてないか?」


「いや?されてませんが」


「絵衣理って意外と男子に人気あるからなあ。あの容姿で、男子とあんまりしゃべんないだろう?幻想抱いてるやつも結構いてさ」


「まあ・・・体育の時間は騒がれてますね」


「俺がいる頃からそうだったもんな。中学の時はまだみんなガキだったから、どうってことなかったんだけどなあ」


「男子にひそひそされるって言ってました。なんか誤解してるみたいです。訂正するのもなんなんで、何も言ってませんが」


「なんかちょっと可哀想な気もするけど、まあお前いるから大丈夫か」


「はあ・・・」


「お前自身も気をつけろよ?因縁つけてくるバカがいるかもしれないから」


「まさか」


 棗は笑って返した。

「ナツー、今日飯食い終わったら、バスケするけど、どうする?」


「あー、俺、今日パン買い損ねたから学食。多分時間かかるからいけんわ」


「そう」


 棗は一人、食堂へと向かった。


「・・・何食おっかな」


「あー。高瀬だ。絵衣理、高瀬だよ」


 振り返ると、絵衣理、綾女、陵、そして3年総代の伊賀誠司がいた。


「ナツ君食堂?珍しいね」


「パン買い損ねた」


「高瀬も一緒に食べる?一人みたいだけど」


「ああ・・・いいですか?」


「いいよぉ。ほら、誠司。絵衣理に奢るついでに高瀬にも奢りな」


「しょうがないなあ」


 棗が慌てる。


「いいっすよ。自分で買いますから」


「いーよ、遠慮すなよ。から揚げ定食でも買っちゃるか」


 結局、誠司が買ったから揚げ定食の食券を持たされた。


「ありがとうねー。伊賀君」


「いいええ。いつも絵衣理ちゃんにはお世話になってますから」


「お世話?」


「英語の試験のヤマ張ってあげてるの。中間でも大的中したらしくて、学食おごってくれるの」


「絵衣理はねー、総合点では私とか聖の方が上だけど、純粋に英語だけなら、トップなんだよね」


 綾女が言う。絵衣理がへへへ、と笑う。


 誠司達は弁当、絵衣理と棗のみが学食だ。


「絵衣理、こっちこっち」


 先に席をとってくれていた綾女の声導かれて、ごった返す学食の中の席につけた。


「ったく、ここ、生徒の人数と食堂のキャパ把握してないよね」


「まあ・・・なんか学食の食器とか、持ち込んで教室食べるやついますもんね」


「あー、もう。返してくれるならいいけどさあ・・・」


「最後に聖に頼んで生徒会役員連名で書こうかな。食堂をなんとかしてほしいって」


「え・・・でも予算とかありますし」


「うん、一回の連名では予算はつかないと思う。でも、ずっとその連名を続けていけば、力になるのでは、と思うわけで」


「最終的には全校生徒巻き込んでねー」


 伊賀が言う。


「そうやって、プールの授業つぶしたらしいよ」


「え・・・」


10年くらいかな?女子中心になって、生徒会巻き込んで、長期計画でやったんだって。それが緑葉にプールがない理由。さすがに中等部は義務だからあるけど」


「・・・へえ。生徒会ってすごいっすね」


「まあ、緑葉は特別、生徒会に力入れてるからね」


「ナツ君、ナツ君」


 絵衣理がにこにこして言う。


「2年の今頃ってことは家庭科、パジャマづくり?」


「あ。ああ。布地買いに行かないとなあ」


「私達はねー、3人でおそろい作ったんだよねー」


「白地に羊柄のやつね。ふわふわの」


「ん?」


 棗はどっかで見たことある。


「ああ、冬に絵衣理着てたね」


 棗がぽろりと言った。


「ナっナツ君っ」


「へえ」


「へえ」


 綾女と誠司がにやにやする。


「そういう事、言わなくていいからっ」


 絵衣理が赤い顔して言う。


「別にいいでしょ、こんくらい。似合ってたよ」


「そういう意味じゃなくてっ」


 きっと絵衣理が綾女を睨む。


「からかうんじゃないよ」


「私まだ何も言ってなあい。まだ」


「絶対、後でからかうつもりだっ」


「だって、絵衣理からかい甲斐があるんだもん。ねー、高瀬」


「素直ですからねえ」


「もうやだ、この二人っ」


 絵衣理一人、ぎゃあぎゃあ言いながら、昼食を食べた。


「じゃあねー、ナツ君、伊賀君」


 2年棟と
3年理系のクラスは同じ方向なので、食堂で絵衣理達と別れた。


「なんか、すみません、奢ってもらって」


「いーの、いーの」


 誠司は笑って言う。


「あ、高瀬」


「なんすか?」


「大丈夫とは思うけど・・・気を付けろよ」


「?何にですか?」


「絵衣理ちゃんと付き合ってること。絵衣理ちゃん、男子に人気だから、お前結構恨まれてる」


「はあ・・・でももうすぐ1年ですけど、何もないですし」


「・・・まあ、ちょっと気を付けとけ」


「はあ」


 

 

「高瀬」


 棗はじゃんけんに負けて、自習のプリントを職員室に持って行ったら知らない男性教師から話しかけられた。


「あれー高瀬じゃん」


 道里がその教師の机に寄りかかってコーヒーを飲んでいる。


「元気―?夏掛とラブラブ?」


「ふつうです」


 棗は冷静に答えた。


「なんだよー、恥ずかしがれよ」


「別に、恥ずかしがることないし」


「最近の子供って大人だよなー」


「お前がガキすぎたんだよ」


「森君、ひどいっ」


 あ、森っていうんだ、この先生、と棗は思った。


「いーよなあ、女子高生」


 道里がしみじみと言う。


「お前、よくうちのクラスの北条と遊んでるじゃん」


「あいつと話すの命がけなんだよ。空手4段だし。この前も裏拳くらった」


「何言ったんだよ」


「あー、『心配すんな、先生は貧乳でも大好きだぞ』って」


「先生、それアウトです」


 棗はあきれて言った。


「そかあ?でも北条と絡むと伊賀がこえーんだよ」


「あー、あいつら付き合ってんだっけ?幼馴染だっけか?」


「付き合ってないらしい。でもこえーんだよ。この前も北条にちょっかいかけてたら伊賀がきて目ぇ据わった笑顔で『両肩外されるのと試験管くわえて殴られるの選ばせてあげます』って言われた」


 棗の中では誠司はちゃらいけど、親切な先輩のイメージだった。


「お前、北条に何したんだよ」


「あーなにしたけなあ」


 反省の色が見られない。多分、そんなんだから女子を任せてもらえないのだろう、と棗は思った。


 その時、


「道里ぉっ」


 職員室の中をよくとおる声が響いた。道里がびくっとなる。


「あ、やべ」


 つかつかと片桐がやってきた。


「あんた、昼休み中に保体のワークのチェックしとけって私言ったわよねっ」


「あーはい」


「なんで、森とのんきに茶ぁ飲んでんのっ」


「これ飲み終わったら、行きます」


「今来いっすぐやれっ」


 片桐は道里の耳をつかむとずるずると引きずって行った。


「ばいばーい」


 森がのんきに言う。


「なんか・・・片桐先生、授業中と雰囲気違うんですけど」


「あー、授業中はね。道里と片桐先生って同じ柔道道場の先輩後輩なの。いつも職員室ではこんな感じ」


「はあ・・・先生、俺何のために呼ばれたんですか?」


「ああ、あのバカのせいで忘れるとこだった」


 はいよ、と1枚の紙を渡された。


「これ、何ですか?」


「夏掛の中間の成績表、俺昼休みじゅうに渡すって言って忘れてた。渡してて」


「は?!」


「付き合ってんだろう?どうせ会うんだろう?」


「いや、帰りは会いますけど」


「ついでに昼休みも会っとけ」


「呼び出しかけりゃいいじゃないですか」


 森がめんどくさそうな顔をする。


「いーじゃん。いちいち呼び出すのも可哀想だろう。会う理由できたじゃん。渡しとけ。では、先生は忙しいので」


 森は椅子から立ち上がった。


「右手に明らかにタバコあるんすけどっ」


「先生は忙しいのだ。それでは」


 森はさっさと行ってしまった。


(これでいいのか教師っ)


 棗は職員室にいても仕方ないので、外に出た。時計を見ると、残り
15分しかない。


「あー、行くか」


 棗はなるべく絵衣理の成績表を見ないように丸めながら歩いた。


 絵衣理のクラスに着く。目立たないように、後ろの扉を開いた。


 そしたら大音量で曲がかかってた。某アイドルグループの曲だ。よく見ると後ろのほうに女子がわらわらたむろしている。


 踊っている。みなできゃあきゃあ言いながら踊っていた。


(あ・・・)


 その中に絵衣理を発見した。絵衣理も楽しそうに踊っている。ふっと隣にいた綾女が気づいた。あ、と口の形が動いたが、棗はしぃっというジェスチャーをした。綾女は心得た、という顔をして、踊り続けた。


 絵衣理は何度も振付を間違えた。多分、踊ってる女子の中で一番多く。でも笑いながら踊っている。


(絵衣理、可愛いなあ)


 ほほが緩むのを我慢しながら、棗は見続けた。


 曲が終わった。


「案外、簡単だねー」


「ナツ、間違えすぎ」


「体硬かったよー」


「運動神経ないからねえ」


 ワイワイ言いながら、もう一回踊る?とか話をしている。


「絵衣理、絵衣理」


 綾女がにこにこと笑っている絵衣理に話しかけた。


「なに?」


「あっちむいてほい」


 綾女が棗がいる出口の方を指さす。つられて絵衣理も見て、固まった。


「あ・・・やほ」


 棗が間の抜けた挨拶をする。絵衣理がその場に崩れ落ちた。


「いやぁぁぁぁぁっ」


 絵衣理が頭を抱えて叫び出す。何事かとみなが絵衣理を見る。


「なんでぇっなんでぇっ」


「あ・・・えと・・・」


「ナツ君、いつからそこにいたの?」


「サビ・・・のあたりからかな」


「なんで黙ってるの?!声かけてよっ」


「いや、あまりにも楽しそうだったから」


「うそだっ私の無様な姿を見て笑ってたんだっ」


「・・・なんで運動のこととなると、そうネガティブになるの」


「ほら、絵衣理。せっかく来てくれたんだから」


 綾女が絵衣理を立たせて、棗のところまで引っ張ってきてくれた。


「じゃ、私らはまた踊るから。せいぜいお話しときなさい」


 ぽいっと廊下に出された。絵衣理はふーっふーと猫が逆毛を立てたような状態になってる。


「ばかっばかっ」


「あーごめんてば」


 棗が絵衣理の頭を撫でる。


「絵衣理、可愛かったよ?」


「いっぱい間違ったもん、体硬いいわれたもんっ」


「あ」


 棗は突然思いついたかのように言った。


「どしたの?」


「俺ってバカだ・・・」


「ナツ君、ばかじゃないよ」


「だって、さっきの動画に撮るの忘れてた・・・」


 絵衣理がばしばしと棗をたたく。


「あーこら、もう叩かない」


 棗が絵衣理の両手をひょいと持ち上げる。そして耳元でささやく。


「あんまりするとここでちゅーするよ」


 絵衣理が口をぱくぱくさせる。両手がふさがれているので、叩けない。


「もうっ何しにきたのっ」


「あー、森先生?絵衣理の担任?」


「うん」


「が、これ渡しとけって。成績表」


「えーなんでナツ君?」


「付き合ってるからいいだろうって」


「ダメな教師だなあ」


 絵衣理が棗から紙を受け取る。見もせずに折り曲げようとするので、棗は驚く。


「見ないの?」


「や、これ。表記が間違ってたから訂正してもらっただけ。もう結果知ってる」


「なんか変化あった?」


 にこぉっと絵衣理が笑った。


「総合順位が
1っこあがった」


 確か前が総合順位5位とか言ってた気がする。


「え・・・4位?」


「うん。褒めて、褒めて」


「うん・・・すげえ」


 棗は絵衣理の頭をなでてあげた。


「へへー、ナツ君に褒められた」


「絵衣理、成績表見ていい」


「いいよー」


 絵衣理の成績表を見る。


「・・・最低順位が8位ってどゆこと?」


「どゆこと、と言われても・・・。日本史は北条院君が絶対トップだし、理系は綾女が強いし」


「英語1位じゃん」


「うん。それは譲れない」


 改めて、すげえ人と付き合ってんだなあ、と再確認した。


「主席って会長?」


「うん、次席は綾女」


「こえーよ、このクラス」


「特進ってそんなもんだよ?大半が
20位以内に入ってるよ」


「絵衣理、嫌いな科目ってなに?」


「音楽」


「体育じゃなくて?」


「体育は苦手。すること自体は好き」


 なんとなく、言ってることは分かる。


「絵衣理、音痴なの?」


「多分・・・。歌、聞くのは好きだけど、歌うのは嫌い。てかね、小学生の時、
11人歌わされてね、当時好きだった子にお前、歌下手だなって言われたの。それ以来、歌うのだめ」


「あー、可哀想に」


 付き合って、1年くらいたつが、高校生によくある「カラオケ行こう」が絵衣理の口から出ないのは、それが理由か。


「しかも、はやりの曲とか知らないし。最近はナツ君の影響でジャズとかR&B聞くけど、それまでゲームのサントラかラジオばっか聞いてたから。歌える曲知らないの」


「・・・絵衣理ってさー」


「うん」


「その容姿だし、お菓子作り好きだし、あんまり気にならなかったけど、結構オタクだよね」


「え、今頃気づいた?基本、家から出ないし、家では漫画かパソだし、最初は人見知りするから人と話さないし、慣れてきたらぎゃあぎゃあしゃべるから、典型的な勉強できるだけの内弁慶なオタクだよ、私。しかも運動神経ないとか、結構終わってるよ」


「え・・・ああ、そうか」


「・・・納得されても悲しいけど。ナツ君いいよねー、接客してるから、物腰が柔らかいというか、話しやすいし、面倒見いいし、運動神経もいいし。鼻歌歌ってるけど、うまいもん」


 絵衣理がうらやましそうに言う。


「しかも私より料理うまいとか、どゆこと?!って感じ」


「絵衣理の料理、うまいよ」


「人並み程度ですぅ」


「なんか今日は卑屈だなあ」


 棗は苦笑いしながら言う。よしよしとまた頭をなでる。


「そんだけ勉強できりゃ、いいでしょ。順位も上がったことだし、ポジティブになりなさい」


「はあい」


「俺、戻るね」


「うん、これありがとう」


 絵衣理がにこにこしながらばいばい、とする。


 棗は歩き出すと、廊下のところに3年男子が数人たむろしていた。すれ違いざま、


「なんか調子にのってるよねー」


 と言われたが、無視した。

 月曜日には体育がある。


「週明けいきなり体育とかだりーよなあ」


 男子はサッカーだ。女子は体育館内でバレーをしている。


 試合がない生徒は体育館が作る蔭に避難している。


(・・・昨日の絵衣理可愛かったなあ)


 棗は日蔭に避難しながら、必死ににやつくのを堪えていた。


(胸の揺れとかすごかったし・・・ニーソのまましちゃったな。なんかプレイみてえ)


「だめだー。夏掛、まだジャージ着てる」


「このくそ暑いのに?」


 見れば男子生徒達の何人かは暑くて開けっ放しにされてる体育館の出入り口から女子を覗いている。


 棗は知っている。絵衣理は胸のでかさと美脚で男子の間で人気だということ。しかし本人はおとなしい性格のため、話しかけるのはためらわれていること。


「ナツ、あれ、いいの?」


 絵衣理と棗が付き合っているのを知っている友人が話しかけてきた。


「まあ・・・」


 本当は嫌なのだが、いちいち言ってもきりがないので知らないふりをしている。


「こぉら、お前ら。女子見すぎ」


 3年の男子の一人が注意した。


「テツだって見たいだろ」


「お前らあっ」


 体育教師の道里が覗いている男子達をぽかりぽかりと叩き始めた。


「みみっちいことしてんじゃねえよっ」


「るっせ。消えろ道里」


「先生つけろこるぁ。だいたいなー、こんなとこで見てる暇あったら、告白しろよ」


「一人に選べねーんだよ」


「お前らが一人に選んでもらえてねーだろ。こういう寂しいことする奴はな、たいてい一人なんだよっ」


「じゃあ、道里も同類じゃん」


「一緒にすなっ」


「道里先生っ」


 女子の体育を見ていた片桐が怒鳴り声を上げた。


「ちゃんと、男子生徒の指導をしてください。こうも男子にのぞかれちゃ迷惑です」


「すみません、でもこいつら」


「言い訳はいいからっ。ほら、あんたたちは健全にサッカーでもやっときなさい」


「ちぇー」


 片桐には伝説がある。見た目は普通の
20代女性なのだが、不良の生徒10人すべて一本背負いで『教育』したとか、夜道歩いてた時にあった痴漢に重傷をおわせたとか。だから男子生徒は道里より片桐を恐れて言うことを聞く。


「お前ら、なんで片桐先生の言うことは聞くんだよ」


「だって、道里、威厳ねーし。こわくねーし」


「道里、柔道有段者ってまじ?」


「・・・お前ら、今度の体育柔道にしてやるからな。むさくるしい武道場でひたすら俺と組手さすからな」


「やることせこーい」


 せこーい、とあっちこっちから声が上がる。それを棗と友人達は見て笑っていた。


「ナツ君、ナツ君」


 ちょうど首のあたりから絵衣理の声が聞こえた。驚いて振り返る。


「絵衣理」


「へへー」


 ちょうど体育館の足元に設置してある窓と棗の首の位置が一緒だったのだ。


「ここ座ってたらねー、ナツ君の笑い声がしたから」


 ちょっとかがみ気味になりながら、絵衣理は話をする。


「今日、暑いねー」


「絵衣理、ジャージ暑くない?」


「んー・・・大丈夫だよぉ」


 絵衣理がにこにこ笑うので、棗も自然と笑顔になる。


「サッカーって楽しい?」


「楽しいっつか、楽。熱い人達がやってくれるから、俺眺めてるだけでいいもん」


「あーナツ君、いけないんだ」


「夜も仕事あるのに、余計な体力使いたくない」


 そこで、ぱこーん、という音が聞こえた。絵衣理が頭を抑えている。


「絵衣理?」


「男子が覗いてないんだから、女子も覗かないっ」


 片桐の声だ。


「せんせぇ。覗いてません」


「男子に示しがつかないでしょ」


「はあい。じゃあね、ナツ君」


「おお・・・」


 絵衣理は向こうの方に行ってしまった。


「夏掛先輩の力ってすげえ」


 隣に座っていた友人が驚いたような顔をする。


「なにが」


「普段仏頂面のナツ君がにこりと笑ったよ」


「俺だって、人間だ。笑うわ」


「いやあ、溶けてましたよ」


「うっせえなあ」


 その様子を3年の男子達がひそひそと話ながら見ていた。棗は気づいたが、何も気づかないふりをした。

 

 


 帰り道、棗と絵衣理が手を繋いで帰っていると、絵衣理が棗をじっと見てた。


「なに?絵衣理」


「ナツ君、私と最初会った時より、背のびた?」


「ああ・・・伸びたと思う」


「今、何センチ?」


「今年の春の測定では
185ジャストだったと思う」


「ああ・・・私初めて会ったとき、
170後半くらいかな、と思ってたから、伸びたね」


「絵衣理は?」


「ん?」


「身長」


「んっとね、
162センチ。高校入って変わってない。体重は?」


70だったかな」


 絵衣理がちょっと驚く。


「え・・・もっと軽いかと思った」


「そう?そんなもんよ」


「ああ、でもナツ君、着やせするし。腕とか筋肉ついてるからね」


「まあ、ビール箱とかくっそ重いもんいつも上げ下げしてるからね。母さんが全部俺にやらすから」


「私はねー、もうちょっと小さいほうがよかった」


「身長?」


「うん。綾女とか
150だよ。女の子は小さいほうが可愛いよ。私、中学時代で20センチ伸びたから、このままいくと170いくんじゃないかってびくびくしてた」


「そう?そんなに大きくないよ、絵衣理。ふつうだよ」


「それに綾女、めっちゃ細いし・・・」


 むしろそっちの方が気になるらしい。絵衣理も華奢な方だが、綾女はもっと細い。


「副会長は細すぎだよ。ちゃんと食べてんのかって心配になるくらい」


「元気に喧嘩してるよ」


「喧嘩・・・。絵衣理は十分細いよ。バランスの取れた体してるよ」


「・・・おなかとか、二の腕とか結構やばいし」


「そう?」


 棗は想像する。しかしそうやばいとは思わない。


「今、思い出したけど、そんなにやばくないよ」


「何思い出してんのっ」


「絵衣理の裸・・・」


 ばしばしと絵衣理にたたかれた。なんか理不尽だなあ、と思いながら、棗は叩かれていた。

 

 


「なんだー、今日の日直は高瀬か」


 日直の日。次の授業は何か、分かってるけど用意するものを一応確認しようと体育の道里のところに行った。


「なんで女子じゃないんだよ」


「あんたの持ちは男子でしょ」


「なんかなー、俺、女子持たせてくれないんだよなあ、片桐先生が」


「そんな性格だからじゃないすか。サッカーっすよね。グラウンドでいいっすよね」


「いや、柔道」


「・・・根に持ってるんすか」


「冗談だよ。サッカーでいいよ。あーああ。つまんねーの。俺もっと授業に参加できるかと思ってたのに、見るばっかで、しかも女子見たら片桐先生怒るし」


「知りませんよ、そんなこと」


「そういや、お前3年の秀才と付き合ってるんだってな」


 棗が嫌な顔をする。


「なんでそういう情報って伝わるんすか」


「だって毎日校門で待ち合わせしててぇつないで帰ってるんだろ?わかるさ。夏掛だろ、あの胸でかい」


「今の発言、問題発言ですよ。俺がばらしたら大事ですよ」


「俺はお前が片桐先生に告発しないと信じる」


「今度の成績次第っすかね」


「なに、教師脅そうとするわけ?」


「発言を慎んでください」


「あーいいよなあ、青春。俺、高校時代も大学時代もヤローにばっか囲まれてたからさあ」


「今とあんまり変わらないじゃないですか」


「ああそうだなって、寂しいこと確認さすなっ」


「・・・俺もう行っていいですか?」


「いけ、男には用はない」


 しっしと道里は追い払うように棗を追いやった。割と生徒には評判がいいが残念な教師、道里、と思いながら棗は職員室の扉の方に向かった。


「夏掛―、ちょうどいいところにきたな、これ、ノート、もってけ」


「えー・・・私、古文のノート取りに来たんですけど、クラス全員分」


「いいだろ、お前なら持てる」


「根拠ないし・・・」


 棗が絵衣理に近づいていく。


「夏掛先輩」


 絵衣理が振り返って驚いたような顔をした。


「ナ・・・高瀬君」


「持ちます」


「え・・・でも」


「他のノートもあるんでしょ?」


「ん・・・ありがとう」


 絵衣理は古文のノートを抱え、二人で職員室を出た。


「ふふー」


 職員室から離れ、絵衣理が笑った。


「『夏掛先輩』だってぇ」


「さすがに絵衣理とは言えないでしょ」


「私も『高瀬君』とか初めて言ったよ。なんか新鮮だね」


「そだね。あ、道里にばれてるよ。多分、片桐先生にもばれてるな」


「なにが?」


「俺と絵衣理が付き合ってること」


「うええ・・・。うちの担任にもばれてるんだ。まあ、何も言われないから、いいけど」


「絵衣理、道里、どう思う?」


「どう思うって・・・。なんかやたら怒鳴ってる人ってイメージしかないよ。ちょっと男の人すぎて怖い。生徒会の顧問だから、綾女とかよくぎゃあぎゃあ言い合ってるけど、自分から話したことないなあ」


「え・・・生徒会顧問なの?」


「うん。道里先生、緑葉出身だよ。しかも生徒会長してたっていうから」


「え・・・あんなアホが生徒会長してたの」


「アホって・・・先生に向かって。頭よくて、生徒に人気あったらしいよ。ぜってーうそだって綾女とか言ってるけど、片桐先生が先輩らしくて、そう言ってるからなあ」


「へえ・・・」


 そうこう話してるうちに、絵衣理のクラスについた。


「ありがとう、ナツ君。私のノートの上に載せていいよ」


「いいよ、ここまできたら、教卓まで運ぶよ」


「う・・・ん」


 絵衣理はなぜかもにょもにょとしている。棗は疑問に思いながら、扉を開け、絵衣理を先に入れた。そして続いて入る。


「あ、ナツの彼氏っ」


 入った瞬間、叫ばれた。


「なに?なに?ナツ運ばせてんの?」


「うるさいなあ。ほら、古文と数学のノート。それぞれ取りきてー」


「ねえ、ナツの彼氏、今2年だよね、クラスどこ?!」


「あーもう、ノーコメントっ」


 絵衣理が棗の背中を押してぐいぐいと出口へ追いやる。


「ごめんねえ」


 絵衣理が廊下に出て、ふう、と息をついた。


「ああ、こうなることを見越して、なんかさっきもにょもにょしてたの」


 棗は冷静だ。


「うち、ほとんど2年からの持ち上がりだから、勝手知ったる風なの。ナツ君が廊下通るたびに見えたよっとか報告してくるんだよ」


「へえ。それは」


「恥ずかしいよ・・・。でも運んでくれてありがとう」


 絵衣理がぺこんとお辞儀をした。


「いえいえ、こちらも牽制できましたし」


「けんせい?」


 絵衣理は意味がわからずにきょとんとする。


「いいの、絵衣理は分からなくて」


「なんだよー」


「じゃあね。また帰り」


「うん」


 絵衣理がにこにこ笑いながらばいばいするので、つられて棗も笑顔になり、ばいばいした。


「あー。俺、絵衣理に影響されてるかも」


 緩んだ口元を抑えながら、棗は自分の教室に急いだ。

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